読書をするのも一興です。コミュニケーションや外国語習得に関する小説を紹介します。
Ann Patchett, Bel Canto (Harper Collins)(アン・パチェット『ベルカント』 山本やよい訳 早川書房)
私の研究テーマであるWilliam Faulknerというアメリカの作家の名を冠したPen/Faulkner Award For Fictionの2002年の受賞作品です。
小説の舞台は南米のとある小国の副大統領官邸、日本の大企業の副社長の誕生日を祝う宴の最中、テロ集団がそこに居合わせた人びとを人質にとり、立て籠もります。人質になった人びとは国籍も人種もさまざま。もちろん言葉もさまざま。テロリストと人質、加害者と被害者は、共同生活を強いられることになります。思想のみならず、人種や文化の違いを抱えた小さな多文化・多人種の共同社会。世界の縮図。この中で人びとは言葉の壁を越えてコミュニケーションを取り合います。言葉の橋渡しを買って出る者、心と心で通じ合える人々。やがて訪れる解放と悲劇。この小説は、1997年春、ペルーで実際に起こったテロ集団による4ヶ月以上にわたる在ペルー日本大使官邸占拠事件を想起させます。事実に触発された作家の見事なイマジネーション。コミュニケーションとは何か?考えてみてください。イタリア語のタイトルの謎解きは読者のイマジネーションに委ねられています。
吉村 昭 『アメリカ彦蔵』(新潮文庫)、『海の祭礼』(文春文庫)、『冬の鷹』(新潮文庫)
同志社の校祖、新島襄は外国への夢絶ち難く幕末に国禁を犯してまで出国しました。しかし、幕末にはジョン万次郎のように、自らの意思ではなく、海難によって数奇な運命に導かれアメリカに行き、かの地で教育を受けた人びとがいました。帰国できた者はやがて開国に向う日本において、通訳として活躍することになります。
『アメリカ彦蔵』は漁に出て嵐にあって漂流した後、運良くアメリカ船に助けられアメリカに渡った濱田彦蔵(ジョゼフ・ヒコ)の物語。ブキャナン大統領やリンカーン大統領との謁見の栄に浴した日本人。ハリス駐日公使に神奈川領事館通訳として採用され帰国、やがて貿易にも手を染め、英字新聞を日本語に訳した『海外新聞』を発刊した人物としても知られています。『海の祭礼』は新島とは逆に、日本への夢絶ち難く漂着民を装って日本の土を踏んだアメリカ人Ronald MacDonaldと彼から英語を学び、ペリーとの交渉時に通訳として活躍した森山栄之助との交流を描いた小説。『冬の鷹』は『ターヘルアナトミア』の日本語訳に果敢に取り組んだ前野良沢を主人公とする物語。オランダ語の習得への凄まじいばかりの情熱、『解体新書』として出版の暁には自分の名を記さなかった前野の矜持、名声を高めていく杉田玄白との確執。いずれも実在の人物に取材した歴史小説ですが、日本人が外国語を習得していく過程での苦労、西欧文明を取り入れるために燃やした情熱がひしひしと伝わってくる小説です。グローバル・コミュニケーション学部の学生として先人達の努力や英知に学ぶことは多いと思います。