私がキーワード「対話力」を読んで頭に浮かぶのは、今、ヨーロッパで起きている戦争のことです。
GC学部で「対話力」を身につける事は、学生の大きな目的の一つです。「対話」(dialogue)は、会話(conversation)、コミュニケーション(communication)、交流(exchange)とは異なり、あるテーマに基づいて、お互いの立場や意見の違いを理解し、そのズレをすり合わせることを目的に行うものです。対話の⼼得や技術を⾝につけていることで、相⼿との信頼関係を築き、物事をより効果的にスムーズに前に進めることができます。
「対話力」によって、喧嘩や争いがエスカレートさせない事も可能ですが、その能力をマスターするのは難しい事です。国際的な「対話」では、外国語能力も非常に重要となり、政治、外交、ビジネス、また市民社会など様々なレベルで役に立ちます。そうした意味で、「対話力」は平和に貢献する力と思います。
「対話」の平和貢献の一つの例が、1989年の西ドイツと東ドイツの統一です。
他の方法として、ドイツでは冷戦時代から「Wandel durch Handel」(貿易を通じた変化)というアプローチをとり、統一以降、この政策を次第に強めてきました。ドイツ政府は、貿易相手国のロシアや中国との相互的なビジネス活動の振興によって、民主主義的価値観を促進できると考えてきました。結果的にドイツのロシアや中国との経済関係は深まり、両国の企業や市民がこの政策の恩恵を受けていましたが、政治的・社会的な影響は、ほとんどありませんでした。逆に、ドイツはエネルギー資源として石油や天然ガスの総利用量の約半分をロシアから輸入するようになり、現在はロシアに依存する状態になっています。
ロシア軍のウクライナへの侵略戦争で多くの人々が犠牲になり、都市やインフラが武力によって破壊されていることは、皆さんも日々伝えられるニュースで見聞きしていると思います。厳しい対露制裁にはドイツも参加していますが、ロシアにとって大きな収入源となるエネルギー輸出への制裁に対して、前述の通り、エネルギー資源をロシアに頼っているドイツ(や他のEUの諸国)は比較的消極的です。
ドイツ政府は最近、「Wandel durch Handel(貿易を通じた変化)」の戦略が成功しなかったことを認めています。コロナ危機、そして今回の戦争は、国際関係をビジネスや市場に任せてはいけないということを私達に改めて認識させました。やはり言論の自由、法の支配、人権擁護など民主主義的価値観に基づく「対話」のアプローチが必要という声が大きくなっています。
GC学部の授業では、国際的な場でfacilitatorやnegotiatorとして活躍できるスキルを学べます。様々な問題を多角的に議論し、異なる意見や視点を持つ人々(学生)とのディスカッションを練習します。これに加えて、SAの1年間で、外国語能力を磨き、異文化理解を深めますが、現在の世界情勢の中、海外に行くのはそう簡単ではなくなりました。しかし、他国に渡り、直接に人と会い、友達を作り、たくさん話や議論をし、その国の文化に触れ、ご飯を食べるのは大きな意味があります。国を超えて共にした経験や友情は平和の基礎です。もちろん、ヴァーチャルな交流も重要ですが、その場の空気を共有することの大切さを忘れないで欲しいと思っています。
今こそ「対話」を通じて人間としての違いを認め、共通点を見つける必要があるのではないでしょうか。とてもシンプルなメッセージですが、私はそう信じています。
上に書いた事は、自分の学生時代の経験に基づいています。
大学で中国への留学を考えていた1989年、中国では民主化運動が中国軍の武力行使によって打倒されました。そうした情勢の中での留学を迷っていましたが、先生に「行きなさい。多くの中国人と友達になってください、そして中国を孤立させないで!」と言われました。その言葉に背中を押され、初めて中国に渡りました。3ヶ月の短い滞在でしたが、とても貴重な経験をたくさんしました。こうした経験による中国への親しみや関心は、私の中に残っていて、今も中国の政治的・経済的・社会的発展には興味を持ち続けています。また、メディアの報道で伝わってくる情報を複眼的に、批判的に読める様になっています。
GC学部を選んだ皆さんが、大学の日常または留学中に「対話」を練習し、将来、国際舞台で身に付けた「対話力」で様々な問題の平和的解決に貢献することを願っています。