昨年1年間に日本を訪れた外国人が2,403万9,000人と、統計を取り始めてから過去最多を記録したことがニュースで大きく取り上げられていました。このうち中国からの訪日者数は637万3,000人と最も多く、全体の四分の一以上を占めます。これに香港や台湾などを加えて中国語圏からの訪日者数とすると、全体の半分に達します。
その一方で、内閣府が昨年12月24日に発表した外交に関する世論調査によると、中国に「親しみを感じる」と答えた人の割合は16.8%(「親しみを感じる」3.4%「どちらかというと親しみを感じる」13.4%)にとどまりました。当然ながら、中国に「親しみを感じない」と答えた人の割合は80.6%(「どちらかというと親しみを感じない」34.6%「親しみを感じない」46.0%)にのぼります。ここから、大多数の日本人は、中国に親近感を抱いていないことがうかがわれます。ちなみに昨年12月に首脳会談が持たれたロシアに対して「親しみを感じる」と答えた人の割合は19.3%でしたから、この数字を見る限り、日本人の中国に対する親近感はロシア以下ということのようです。
最近は、ベトナムやミャンマーなどのASEAN諸国やバングラデシュで造られたものを目にするようにはなりましたが、依然としてわたしたちは中国製品に囲まれながら日々の生活を送っています。また、駅やデパート、家電量販店などでは中国語が飛び交い、街を歩いていると(変な中国語が多いのですが)中国語表記があちこちから目に飛び込んできます。
それでも日本人は中国に親しみを覚えないのです。
アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が、世界40カ国で4万5,435人を対象に中国に対する好感度を調査した興味深いデータがあります(2015年6月発表)。この調査によると、日本人で中国に好感を持つと答えた人の割合は9%でした。先に見た内閣府の世論調査結果よりもさらに厳しい数字ですが、想定の範囲内ということができるでしょう。
それでは、目を転じて世界各国の中国に対する好感度はどうでしょうか。例えば、アメリカは38%、フランス50%、オーストラリア57%、韓国61%と、いずれも日本よりずっと高く、40カ国の平均は55%でした。驚くべきことに、南シナ海問題で対立を深めたフィリピンでも54%を記録しています。対立が激化する前に行われた調査とはいっても、これは注目すべき数字です。昨年6月にロドリゴ・ドゥテルテ氏が大統領に就任するやいなや、フィリピンの対中国政策の舵を、対立から協調へと大きく切ったのも、この数字を見ると頷けます。
憂慮すべきは、世界で突出している日本人の中国に対する好感度の低さです。これだけ世界からかけ離れていると、日本人が抱いている対中国感情は異常だ、といわなければなりません。この点では、日本が世界から孤立している可能性が高いのです。中国に対してわたしたちと同様の感情を世界も抱いているはずだ、と思い込んで、外交やビジネスを展開したら、たいへんなことになります。
ところで、中国人は日本にどのような印象を持っているのでしょうか。昨年9月に発表された言論NPOの調査によると、「良くない印象」を抱いているとの回答は76.7%で、こちらも「良い印象」(21.7%)を大きく上回っています。中国人の多くも日本に好感を持っていないようです。ちなみに同じ調査で中国に「良くない印象」と答えた日本人は91.6%でした。
この数字だけ見ていると、日本と中国が互いにネガティヴな印象を抱きあっている、双方似たり寄ったりじゃないか、と思われることでしょう。しかし、話はそれほど単純ではありません。経年で見てみると、中国人の日本に対する印象が3年連続で改善しているのに対して、日本人のそれは昨年より悪化しているのです。
中国では改善し、日本では悪化に歯止めがかからない、この相反する傾向の背景にいったい何があるのでしょうか。さまざまな要因が考えられますが、ここでは人流の対照的な傾向に注目しておきたいと思います。
冒頭で昨年日本を訪れた中国人が637万人にのぼったことを紹介しましたが、訪日中国人数が百万人の大台に乗ったのは2008年のことで、その後増減を繰り返しながら、9年間でおよそ6倍に増大しました。ところが、訪中日本人数は、2004年に三百万人台に乗ったものの、2011年以降減少に転じ、現在は三百万人を大きく割り込んでいます。
日本に良い印象を抱いているから訪日者数が増えていると説明することもできますが、訪問したことで良い印象に変わり、その印象が周囲に広がっているというのが実態のようです。
同じことは、日本から中国への動きの中でも確認できます。本学部の中国語コースでは中国語圏でのStudy Abroad(SA)が必修となっています。中国語コースだからといって、必ずしも皆が入学時点で中国にポジティヴな印象を持っているわけではありません。むしろその逆というのが実態に近いように感じます。ところが、1年間のSAを終えると、総じて中国や中国人に対する印象がポジティヴなものに変化していることに気づかされます。
ちょうど手元に昨年の夏にSAを終えて帰国した学生の期末報告書がありますので、そこから中国や中国人の印象に係わる箇所を紹介してみたいと思います。
「中国に留学したことで中国に対する印象が大きく変わった。留学する前にも中国人の友だちや知り合いはいたが、留学前に抱いていた中国に対する印象は決してよいものではなかった。さらに新聞やテレビなどのメディアに影響されて、中国の空気や環境は汚れてひどい状況だと思っていた。しかし、実際に中国に行ってみると、空気も環境も日本とあまり変わらなかった。さらに上海は都会ということもあり、日本の都市以上に発展していて暮らしやすかった。」
「中国留学において私が最も感じたことは、日本人の中国に対するイメージと、実際の中国はまったく違いうということである。日本のメディアは、中国で問題が起こると、すぐにそれを大袈裟に取り上げ、日本人の中国に対するイメージを悪い方向へと導いているように思う。……中国にも困っている人がいれば助けてくれる人がたくさんいる。地下鉄でカバンが開いていたら、知らいない人でも閉めた方がいいとすぐに教えてくれる。私は、この留学で出会った中国の方々のおかげで、中国のよさをたくさん知ることができた。」
「電車の中で老人や子どもに席を譲る人が多いことに驚いた。日本にも席を譲る人はいるが、中国ほど多くはない。中国に留学するまでは、中国人は自分のことしか考えていないと思っていたが、実際にはお年寄りや子どもたちを思いやる優しい気持ちを多くの人がもっていることに気づいた。」
とくに中国について好意的に書かれているものを選び出したわけではなく、たまたま束になっている報告書の上から3人分の該当箇所を抜粋して、ここに紹介したにすぎません。これらに共通しているのは、実際に中国に行って、現地に身を置き、そこに暮らす人びとと直に交流したことで、より実態に即した像を結ぶことができるようになったということです。
スマホだけで中国を知ったつもりになっていませんか?
日本にとって中国は隣国です。しかもアメリカと並ぶ最大の貿易相手国です。この中国と良好で安定した関係を築くことが、日本はもちろん、東アジアの平和と繁栄のために必要不可欠なことはいうまでもないことです。その第一歩が、中国を知る、等身大の、実態に即した中国を知る、ということにほかなりません。
さて、今年は、盧溝橋事件から80年目にあたります。盧溝橋事件とは、北京の南西約15キロの盧溝橋一帯で日本軍と中国軍が衝突し、日中全面戦争の発端となった事件のことで、1937年7月7日の夜に起こりました。また、今年は、日中国交正常化45周年の年でもあります。1972年9月29日、田中角栄首相と周恩来首相が、日中共同声明に調印し、現在につながる日中関係がスタートしました。
今年は、どちらの通奏低音がより強く鳴り響くことになるのでしょうか。それはわたしたち一人ひとりのプレーヤーがどのような旋律を奏でるかにかっています。